26.6.14

『島の花』スバールバルポピー*スピッツベルゲン島

花壇や畑のないこの島では、家の外に広がるツンドラ草原がそのまま島全体にとっての庭である。
雪解け間もないころはコケが水を吸ってスポンジのような状態だけれど、夏に差し掛かるとその水も花が徐徐に姿を見せるようになる。その花の種類については前にも少し書いた。

けれど、島の花が咲く期間は短く、その多くは高緯度に位置するために、高地性で丈は低く、小さな花をつけるものが多く、近寄らないと気づかないものが多い。

しかし、そんな花の中にも大きくてひときわ目立つ花が一種だけある。
その名もスバールバルという名の付いた、このあたりの固有種スバールバルポピーだ。

Popaver dahlianum ssp. polare

それほど植物に詳しくない人でも、ポピーを見たことのある人なら一目でその仲間であるとわかるであろう、独特の長く柔らかい、たくさんの短い毛が生えた茎と、大きな花弁が特徴の花で、高さは5~30cmほど。

Longyearflora-A basic field guide (Longyearbyen feltbiologiske forening 2012 発行)によれば、砂利場や崖錐物(急傾斜地から剥がれ落ちた岩屑が下の斜面に堆積して出来た地形)に多く見られるそうで、私は住宅近くの道路わきの砂利斜面で多く見かけた。


ちなみにこの花、黄色の個体もある。



住宅のそばでさりげなく、でもすっくと立って凛と咲く姿は、まさにこの島の花にふさわしい夏のスバールバル諸島を代表する花である。

22.6.14

トナカイが暮らす場所*スピッツベルゲン島

トナカイの名前を知らない人はいないだろうが、もちろん日本には野生のトナカイはいない。
日本にいる二ホンシカは同じシカ科ではあるがシカ亜科というグループに入る(カモシカはシカと名がつくけどウシ科)。
トナカイはシカ科オジロジカ亜科というグループだ。

スバールバルトナカイ(Rangifer tarandus platyrhynchus

ヨーロッパのトナカイの生息地は少なく、スカンジナビア半島の一部、ロシアと北極圏周辺に限られる。
この島にいるトナカイはスバールバルトナカイと呼ばれるトナカイのグループの7種類のうちの一種(Rangifer tarandus platyrhynchus)。

トナカイの仲間は分布する地域によって、外見上でもわかるそれぞれの特徴を持っている。
一般的なトナカイをイメージしてから写真を見るとわかるかもしれないが、このスバールバルトナカイの特徴は、脚が短い、小型、顔が円っぽい。…なんだか文字で羅列すると小さい女の子の特徴を書いているよう。


基本的に、私は特に大きな動物には怖くて近づけないのだが、似たようなシカの仲間ではエゾシカしか見慣れていなかったので、骨格はしっかりしているのに、思ったより小さい身体で、でも大きな足を持ち、牛のように体を揺らす歩き方、というなんともアンバランスなこの生き物に大きな興味と親しみを感じた。

シカ科シカ亜科エゾシカ(27.02.2013)

以前、エゾシカの近くで暮らしていた場所では、エゾシカは様々な要因で増える傾向にあって、解決のために試行錯誤の取り組みをしていたが、ここではどうやらそれほど厄介な生き物ではないようだ。
この島には、エゾシカでいうならヒグマや過去にはオオカミのような天敵はいない。それでも彼らが爆発的に増えないのは、成熟した雌の妊娠率の年ごとの大きな変動(10~90%)と、北極圏という場所特有の、冬の気候の厳しさに左右される死亡率の年ごとの大きな変動、があるからのようだ。
(Norwegian Polar Institute:http://www.npolar.no/en/species/svalbard-reindeer.htmlより)

エゾシカの歴史と同じように、ここに生きるトナカイたちも、かつては狩猟によって劇的にその数を減らした。そして、現在は狩猟の解放は限定的になり、その数は400~1200の間で推移しているという。これから変わっていく地球規模での環境の変化は、今後彼らたちの生き方にどんな影響を与えるのだろうか。

 住宅街のすぐ近くに姿を見せるトナカイ

かつて人間たちは住むことのなかった頃から、この島でホッキョクグマ、ホッキョクギツネとともに生き続ける私たちと同じ哺乳類のうち、一番人間の目に触れる機会が多く、唯一の草食動物であるトナカイたち。
一見、闘争心のない穏やかそうな生き物に見えるけれど、その大きな足からはしっかりとこの島の地面に寄り添う逞しい生命力を感じられる気がする。

21.6.14

頭上に注意!キョクアジサシ*スピッツベルゲン島

夏場のスピッツベルゲン島の海岸沿いを歩くときには、少し気を付けなくてはならないヤツがいる。
その名はキョクアジサシ、Sterna paradisaea(Arctic Tern)だ。


胴体の大きさはハトぐらいだが、翼が細く長い。短く叫ぶような鳴き声と、鋭い赤い嘴。空を自由に飛び回り、アゲハチョウのように羽を大きく後ろに反らせながら着地する様は、世界にいろんな鳥がいれど、なかなかカッコイイ部類に入るのではないかと思う。


そして何といってもその生きざまに興味をひかれる。彼らは世界で最も長い距離を移動する渡り鳥だ。これが名前の由来にもなっているそうだが、一年の間に白夜を求めて南極と北極の間を移動するという、なんとも生きざま自体が謎めいている鳥だ。
一生に換算するとなんと地球と月を3往復もする計算になるそうだ(ナショナルジオグラフィックより
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100113002)。

そんな話を知り、私もそれはそれは興味津々で彼らの到来を待ち、頻繁に浜辺へ出かけた。
野鳥のガイドブックでは例年5月最終週、ないしは6月初週にスピッツベルゲン島にやってくると記述されていたが、今年も例年通りといっていいと思うが、私が初めて観察したのは6月の2週目のはじめだった。

どうしてもその美しいフォルムを写真に収めたい、と思って追いかけていたが、渡ってきたばかりのころは警戒心が高く、彼らはなかなか近づかせてくれなかった。

私がキョクアジサシを初めて確認した日(09.06.2014)

ところが、それから2週ほどたったある日に浜辺に行ってみたところ、様子は大きく変わっていた。
なんと道路わきすぐ近くの地面にたくさんいる…。しかも近づいても逃げない…。
これがキョクアジサシの繁殖か、と思いながらも、ようやく思うような写真が撮れる、と心は躍りながら、近づきすぎない程度で一通り写真を撮った。

左側が道路、右が道路肩(20.06.2014)

地面で多数の繁殖行動が見られた(20.06.2014)

交尾しているペア(20.06.2014)

その後、再び新たな鳥を探しに歩き始めた。
しばらく何事もなく歩いていたのだが、ふと上空からキョクアジサシの声が聞こえる。
お、と思いカメラを取り出しながら見上げると、鋭い嘴をこちらに向けながら猛然と滑空してくるキョクアジサシ!あきらかに威嚇攻撃されている。
身体を低くしても、早足で退散してもなかなか引いてくれない。殺される訳はないのだが、怖い!
それから数日の間、あのフォルムと鳴き声がトラウマになったのは言うまでもない。

カモメを威嚇するキョクアジサシ

私は物理的な被害はなかったが、彼らに嘴や足蹴りされている観光客の姿も目にした。
スバールバルの自然を楽しむ手引きによると、もし、このような威嚇攻撃を受けそうになった場合には、頭上で棒のようなものを振り、静かにそのエリアから去る、とある。
そして、彼らが多い場所には注意看板と棒が置いてある。使うも使わないも自由だが、何があっても自己責任。ただ、最大限のリスクを排除するための情報と手段の提供をして、ここの自然を多くの人により楽しんでもらう。とても合理的な仕組みだ。

キョクアジサシが営巣するエリアに設置されている注意看板と棒


スバールバルでの野生動物との付き合い方の手引書
(EXPERIENCING SVALBARD'S WILDLIFE/Norwegian Polar Institute 2014発行)
の一ページ。右上がキョクアジサシに威嚇される人の写真。

どんなに体が小さい動物でも威嚇攻撃をする野生動物は怖ろしい。それは相手の本気だから当たり前だが、それを怖いと感じる瞬間、自分自身も動物のヒトに戻れる気がして、どこかでわくわくしている自分がいるのだ。
人間とは本当に不思議な生き物だ。

18.6.14

鳥たちの集う場所*スピッツベルゲン島

「スピッツベルゲン島では一年を通して鳥を見ることができる。」
パッとこの言葉を聞いても、日本に住んでいたころだったらふーん、という感じで終わっていたと思う。それどころかここにきてからもこの意味にピーンとくるまでには時間がかかった。

日本をはじめ、世界中の多くの場所は、大陸であり、暖かい季節があり、動物たちが住みやすい環境がそれなりにあるものだ。
ここが、決してそうではない、とは言い切れないが、白夜と極夜が大部分を占める日照時間、寒冷な気候(夏の最高でも5度前後)、大陸から離れた島、ツンドラ植生(木が一本も生えていない)などと、動物にとっては生死を左右する厳しい環境が広がっていることは確かだ。
古い歴史を振り返っても、アラスカには住んでいた人間ですら、この島には居つくことはなかったという。

Plectrophenax nivalis(ユキホオジロ)

それでも、翼を持った鳥たちのなかには、世界中に他にももっとたくさん行く場所はあるだろうに、こんなきびしい環境の島にやってくるものがたくさんあるのだ。

Sterna paradisaea(キョクアジサシ)


ロングイェールビンで観察される鳥の種類は年間で約40種類ほど。そのうち留鳥は1種類のみ。他はすべて渡り鳥だという。極夜の11~3月ごろには5種程度しか観察されない鳥たちだが、6月には最多で40種類ほどが見られるようになる(Bird Life in Longyearbyen and surrounding area/Georg Bangjord著/Longyearbyen feltbiologiske forening(LoFF)発行/2009より)。

Somateria mollissima(ホンケワタガモ)

種類で言うよりも数。実際に見てみると、その鳥の種類と数の日ごとの変化を肌で感じられる。
音のほとんどない場所。波のほとんどないロングイェールビンの入江。

 


そんな場所で、耳に届く鳴き交わす鳥たちや、波間駆ける鳥たちの存在は、静から動へ、そして再びその逆へ、と移り変わる季節の象徴にも思える。

15.6.14

裏山ハイキング*スピッツベルゲン島

Sukkertoppen(372m)
 
Sverdruphamaren(433m)

Spitsbergen(スピッツベルゲン島)の由来はドイツ語のSpitz(とんがった)Bergen(山々)に由来する。その名の通り、この島は、特にロングイェールビンからの眺めは、入り江を除くと、見渡す限り山だらけだ。

ロングイェールビンの街のすぐ裏にも標高300~500mぐらいの山(丘)がいくつかそびえている。
観光客はもちろんのこと、地元の人も散歩がてら頻繁に上っている様子が街からも見える。

今回登ったのはSukkertoppen、日本語に直訳すれば「砂糖のてっぺん」と名の付いた小山だ。
ショッピングセンターの川を挟んだ対岸の一番東にある山である。
どこからでも登ることはできるが、雪が残るときは舗装された道路を住宅街に沿って歩いていくと浄水場に突き当たり、道の終点になったこの場所からが登りやすい。

まずは、炭鉱のリフト跡があるなだらかな斜面を登っていく。このあたりは雪解け直後はコケが水を吸ってスポンジのようになって気を付けないとハマる。雪解けが進んでいたころにはお花畑が美しい草原だ。天気が良ければ、街を見渡しながらここでゆっくりするだけでも気持ちがいい。


10分ほどで歩くと、道はやや険しくなり、ひらべべったい岩の量が多くなってくる。
上を見上げて、段になって見えるところまで上がれば半分は終わり。


こんな石が積み上げられたポイントにたどり着く。ここで少し休憩。景色もさらに良くなる。
頂上に行くというこだわりがなければ、ここまででも自分的には十分満足だ。
ここから先はさらに多くなるがれ場、急斜面で歩くのに神経を使う。


私はがれ場の上を歩いたが、雪があるときはアイゼンがあれば、雪渓の上を歩くのがいいのかもしれない(ノルウェー人はそのルートが多い)。ただし日によっては雪がかなり固くなるので注意が必要。
この歩きにくい道を15分ほど行けば、最後は歩きやすい道になり頂上だ。
反対側には学校やNybyenの街がすぐ近くに見える。


頂上にはノルウェーの国旗がたなびいている。
とても広い大地になっているのでゆっくりとするのも良し。大地の上をかけまわるのも良し。




このルートを通ってきたものではないと思うが、この場所にはトナカイの足跡と糞もあった。こんな場所にやってくることにちょっと驚いた。
また、急斜面のがれ場にはほとんど見られないが、頂上には植物も結構見られた。
ただし、高いところに来たからといって特別違う植物は目につかなかった。そもそも、この島では高山植物が平地で見られるからだ。

私は決して登山が達者ではないが、時間の目安としては登り1時間、下り50分。
気軽にハイキングするにはちょうどよい疲労感だ。下山後にゆっくりと浸かれる温泉がないのがちょっと残念だ。
がれ場が多いので、下りも疲れる。ちなみに私は2回コケた。
靴はトレッキング用のしっかりとしたものがいいだろう。あとは、岩場なので軍手か手袋をつけるのと便利。

忘れてはならないのは、この島はホッキョクグマがいる場所だということだ。
人によっては犬を連れたり、銃を所持して登る場所である。
何が起きても自己責任。
ガイドを付けたツアーもあるので、そういったものに参加して挑戦するのもいい。

見える範囲は小さなロングイェールビンの街だが、海も山も湿地もすぐ近くにある。
そして季節はめまぐるしく変わり、それぞれの場所の移り変わるさまは見逃せない。
ここでの暮らしは何もないようで、いくらでも楽しめる資源がある。

そして、時間は長いようであっという間だ。

14.6.14

花開く頃*スピッツベルゲン島

天気:曇り、ときどき雪 気温:0~2℃ 風:強
時間:11:00~13:00
場所:Longyearbyen~Nybyen
 
 
スピッツベルゲン島は他の北極圏の島に比べると植物の種類は多いのだそうだ。その数164種。
 
私がここにやってきた5月上旬はまだ雪が多く残っていて、とても花など咲いていなかったのだけれど、2週間前あたりから雪の解けるスピードが速くなり、麓の方はほぼ雪はなくなった。
寒冷地のために高山の植物が平地でも見られるという話を聞いていたので、来た時から花探しに行ける日を待ってソワソワしていたが、ようやくその日がやってきた。
 

Cassiope tetragona(イワヒゲの仲間)

Saxifraga oppositifolia(ユキノシタの仲間)
 
Oxyria digyna(タデの仲間)
 
未同定
 
Draba spec(アブラナの仲間)

Ranunculus nivalis(キンポウゲの仲間)

先週、ロングイェールビンの町中でも、Saxifraga oppositifoliaOxyria digynaが咲いているいているのを見つけていたが、この散策ではこの他にも上の花を見ることができた。
おそらく、どの花もまだ開花したばかり。白夜なので花のシーズンがどれくらいの期間なのか分からないけれど、これからはどんどん花が咲き誇る季節になるのだろう。

ここスピッツベルゲン島のあるスバールバル諸島はツンドラ地帯と呼ばれるところだ。
つまり大きく成長する植物は生えていない。木は一本も生えていない。
地面の大部分は、雪解けとともにいたるところを絶え間なく流れる水によって潤されて、コケ類に覆われている。
コケも含めて、これまでの季節に色のなかった島を植物たちが一気に染め上げていく。
そのひっつひとつの色は控えめだけれど、それらが一体となって私たちに見せる大地の絨毯は、この最果ての北のエネルギーを感じさせられる本当に美しい景観だと感じた。
 
 

 

 
花を探すのがメインだったが、スバールバルライチョウに5羽であったので載せておく。
まだ、冬羽の白いものが3羽と夏羽のものが2羽。
先週もNybyenでスバールバルライチョウを見たので、このあたりでは密度が高いのかもしれない。
飛ぶときはたいてい独特の鳴き声を発しながら飛んでいるので(飛んでいるときはそんなにカッコよくない!)、遠くからでもよくわかる。
それにしても、夏羽の方のは景色と同化してとても見つけにくい。
 
初めて見るまでは日本のライチョウと同じように高地に行かないと見られないと思っていたけれど、どうやらこの島ではどこでも普通にいるようだ。
 
スバールバルライチョウを除いて、この島の鳥たちはすべて渡り鳥である。
また後日載せようと思うが、海辺の鳥たちも日々その種類と数を増やしている。
 
 
 
この島にも命が輝く季節がやってきている。

はじめに


このブログでは、気の赴くままに移り暮らす毎日の目に移る風景と、それに対する少しの想いを綴ります。


どんな場所でも、季節の移ろいを感じる自然を見つける目を持ち、
そこから何かを学びとって生きる毎日でありたい。

時系列は異なることがありますが、基本的にはその時期に即した内容の投稿をします。


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